宝樹院(読み)ほうじゆいん

日本歴史地名大系 「宝樹院」の解説

宝樹院
ほうじゆいん

[現在地名]岡垣町山田

山田やまだ東部にある浄土宗寺院。清石山弘増こうぞう寺と号し、本尊阿弥陀如来。聖光房弁長の弟子弘阿(弘長元年没)開山と伝える(「地理全誌」は弘長元年の創建とする)。旧寺地は現在地の南約三〇〇メートルのところにあり、当寺の移転後は光蔵寺こうぞうじ(「地理全誌」では弘増寺)とよばれたという(岡垣町史)。のち衰えたが比丘尼行永妙泉(永正八年没)地蔵菩薩を安置して再建し、宝樹院弘増寺と号したという(岡垣町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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