宝蔵寺町(読み)ほうぞうじまち

日本歴史地名大系 「宝蔵寺町」の解説

宝蔵寺町
ほうぞうじまち

[現在地名]金沢市やま上町うえまち

山ノ上町の東に位置。文政四年(一八二一)、もと卯辰うたつ村領の宝蔵寺から北東の春日社(現小坂神社)鳥居までの裏通り町立(国事雑抄)。地子町で、同六年の町奉行より出候町名では宝蔵寺前ほうぞうじまえとする。当時の肝煎は伊右衛門。安政三年(一八五六)より文久二年(一八六二)まで、真鍮錫箔打立・金銀損じ箔打直しを行う細工場が建った。卯辰出身で金銀箔粉取締役の越野佐助(能登屋佐助)を中心に、ほか二六人の打立業者が共同で経営した。金銀が損じ箔打直しだったのは文政三年以来金銀座以外の箔製造が幕命で禁じられていたためで、ただし打直しの名目のもとに密造され、藩用を中心に供されていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む