宝鏡寺跡(読み)ほうきようじあと

日本歴史地名大系 「宝鏡寺跡」の解説

宝鏡寺跡
ほうきようじあと

[現在地名]野市町土居

香宗我部(こうそがべ)城跡の東南に位置し、東は香宗(こうそう)川に臨む。龍珠山と号し、禅宗瑞応(ずいおう)寺(現高知市)の末寺で、香宗我部氏の菩提寺であった。県指定史跡。

「南路志」に「寺記云、開基大檀那香宗我部親泰、法名前芸州太守明彭孤山居士、于時文禄元壬辰年十一月廿日、開山瑞応寺二世崑崗周珥大和尚」とある。天正一六年(一五八八)の香宗分地検帳には寺中二反五代二歩とあり、うち三〇代が堂床とされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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