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実躬卿記 さねみきょうき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

実躬卿記
さねみきょうき

『愚林記』『貫弓記』『先人記』などともいう。鎌倉時代権大納言三条実躬の日記。自筆を含めて,弘安1 (1278) ~延慶3 (1310) 年の記事が伝存しているが,途中欠脱がある。当時の公家社会の動静,あるいは朝廷と幕府との関係を知ることができる重要史料。

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世界大百科事典 第2版の解説

さねみきょうき【実躬卿記】

鎌倉末期の公卿三条実躬の私的日記。現在知られているのは1283年(弘安6)より1307年(徳治2)まで。自筆原本の大半は武田長兵衛家と尊経閣文庫に分蔵され,宮内庁書陵部にも1巻ある。両統分立当時の政情を知りうる貴重な史料。また料紙は実躬あての書状や,実躬が蔵人頭在任中,朝廷に提出された訴訟文書を利用しているので,裏文書も貴重である。写本は多いが大部分は未刊。【今江 広道】

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大辞林 第三版の解説

さねみきょうき【実躬卿記】

鎌倉末期の公卿三条実躬の日記。七四巻。1283年から1307年までの記録で、両統分立時の政治状況を知る史料。先人記。愚林記。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

実躬卿記
さねみきょうき

正親町三条(おおぎまちさんじょう)実躬(1264―?)の日記。『先人記(せんじんき)』『愚林記(ぐりんき)』ともいい、名の文字(實躬)の一部をとって『貫弓記(かんきゅうき)』ともいう。1283年(弘安6)正月から1307年(徳治2)9月に至る日記71巻(清書本および稿本)と、「新日吉競馬奉行記(しんひえけいまぶぎょうき)」1巻、古文書1巻、日記断簡1巻、計74巻が実躬の自筆原本のままで三条西家に伝えられ、うち23巻は尊経閣(そんけいかく)文庫に、51巻は武田長兵衛氏文庫に収められたが、武田本は焼失したという。実躬は1295年(永仁3)蔵人頭(くろうどのとう)に補され、1316年(正和5)権大納言(ごんだいなごん)となり、翌年出家、法名を実円(じつえん)と号した。没年は不詳。浩瀚(こうかん)な日記は朝廷内、朝幕間の微妙な動静を伝え、鎌倉後期の重要史料であるばかりか、原本の紙背には院宣・摂関家の御教書(みぎょうしょ)をはじめ、実躬にかかわる文書・記録類が多く、貴重な史料である。[田中博美]

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