院宣(読み)いんぜん

百科事典マイペディアの解説

院宣【いんぜん】

院司(院庁(いんのちょう))が院(上皇および法皇)の命を奉じて出す文書。〈院の宣旨(せんじ)〉の略。院政とともに盛行したが,同じ院政時に用いられた院庁下文(くだしぶみ)に比べ私的文書の形をとる。
→関連項目織田荘近木荘裁許状新制薪荘中河御厨奉書

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世界大百科事典 第2版の解説

いんぜん【院宣】

院政期~江戸時代に見られる古文書様式の一つ。上皇の仰(おおせ)を奉(うけたまわ)った側近がその意を体して発信する書札様文書。〈院の旨〉の略で,もともとは上皇の口頭命令ないしその内容を示す語であるが,転じて側近が院の宣旨を当事者に伝える文書を指すようになる。院宣の初見は《朝野群載》に載せる1093年(寛治7)ころの白河上皇院宣で,政務文書としては同院政期から多用され,14世紀末の後円融院政の終焉(しゆうえん)に至る。

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大辞林 第三版の解説

いんぜん【院宣】

上皇または法皇の命により、院庁の役人の出す公文書。天皇の詔勅に相当する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

院宣
いんぜん

院司などが上皇、法皇の意を受けて発行する文書。したがって本文末尾に「院宣如此(かくのごとし)」「院御気色所候也(いんのごきしょくそうろうところなり)」あるいはただ「御気色所候也」というような文句を入れ、院の意向を伝えるものであることを示している。院宣は多く白紙に書かれるが、蔵人(くろうど)が院宣を奉ずる場合には宿紙(しゅくし)(薄墨紙(うすずみがみ))を用いたこともある。院宣は院政時代に始まり、鎌倉・室町時代を通じて、院政が行われている時期に多い。[百瀬今朝雄]

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世界大百科事典内の院宣の言及

【院政】より

…天皇と摂政ないし関白とは,制度的にも慣習的にも密接な関係をもっていたのに対し,それらに拘束されない上皇の立場は,院政に専制的な色彩を与えた。政務はほぼ従前の機構と方式によって運営され,上皇はその背後にあって最終的な裁断と指示を与えたのであるが,その間に大きな機能を果たしたのが院宣である。院宣は上皇の側近が命を奉じて書く書状形式の文書で,内容にも用途にも制約がなかったが,院政は院宣によって国政機関を運用するところに成り立ったということもできる。…

【院庁下文】より

…院庁から管下の機関に下す下文様の文書。院宣が天皇,太政官の政務や知行国主,受領の国務に口入する文書であり,直接の政務文書として用いられたのに対し,院庁下文は院領,院御願寺領,女院領および院分国の支配のために発信される。初行上段に差出書,下段に宛所を書く。…

【古文書】より

…令外様文書は公式様文書に起源を有するもので,これもすべて楷書体で書かれている。(e)書札様文書 平安末期に院政が成立し,鎌倉中期以降それが本格化するとともに,本来は私信であった書札から出発した院宣綸旨(りんじ)などの書札様文書が,やがて国政の最高の文書として用いられるようになる。それとともに公家・寺社の間にも御教書(みぎようしよ)が行われるようになり,武家においても関東・六波羅・鎮西の御教書が用いられた。…

※「院宣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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