宮吉城跡(読み)みやよしじようあと

日本歴史地名大系 「宮吉城跡」の解説

宮吉城跡
みやよしじようあと

[現在地名]気高町宝木

宝木ほうぎ集落の南部、気高町立宝木小学校の南隣、標高二〇メートルの山上にある。西方には富吉とみよし集落があり、富吉城ともいう。山頂付近には長さ二〇間・幅三間、長さ五間・幅三間など三ヵ所の平地がある(「因伯古城跡図志」県立博物館蔵)。東・西・南三方の山腹断崖で、北の正面に険しい道が開け、その麓には母木ははき神社がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む