宮地静軒(読み)みやじ せいけん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮地静軒」の解説

宮地静軒 みやじ-せいけん

1674-1753 江戸時代中期の儒者
延宝2年生まれ。土佐高知藩士。南学派谷秦山(じんざん)にまなぶが,藩命古学派緒方宗哲門下となる。数年後,その学は信じられないと上書し,蟄居(ちっきょ)を命じられた。のち藩政がかわってゆるされ,侍講にすすむ。宝暦3年9月1日死去。80歳。名は介行,介直。通称は藤弥。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む