宮崎山(読み)みやざきやま

日本歴史地名大系 「宮崎山」の解説

宮崎山
みやざきやま

越中・越後国境に近く、現朝日町宮崎の海に迫る山地総称。「夫木抄」に「宮崎の山風さむく雪はふりつつ」「みや崎山を出づる月かげ」「宮崎山に雲ぞかかれる」などと歌われた宮崎山については諸説あるが、森田柿園はこれを越中新川郡とすべきことを「越中志徴」で考証した。国境要害の地で、豪族宮崎太郎が居館を構え、木曾義仲に協力した。義仲は以仁王の遺子(北陸宮)を皇位継承者に推し、宮崎山に御所を造営してここにかくまったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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