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宮永正運 みやなが せいうん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宮永正運 みやなが-せいうん

1732-1803 江戸時代中期-後期の農学者。
享保(きょうほう)17年1月25日生まれ。越中(富山県)礪波郡(となみぐん)下川崎村の豪農。加賀金沢藩の山廻(やままわり)役,産物会所の役職をつとめる。農書「私家農業談」,随筆「越(こし)之下草」などをあらわした。享和3年6月18日死去。72歳。通称は十左衛門

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

宮永正運

没年:享和3.6.18(1803.8.5)
生年:享保17.1.25(1732.2.20)
江戸中・後期の豪農,農学者。名は十左衛門ともいう。越中国礪波郡下川崎村(富山県小矢部市)の豪農の家に生まれ,学問を好み,幅広い教養を身につけた。また藩より種々の役職を命じられて活躍するなど,地方の指導者として多彩な人生を送った。しかし単なる学者,役人ではなく,農業の実際にも詳しく,『荒年救食誌』『養蚕私記』(いずれも1785)などいくつかの農書を著したが,特に天明8(1788)年ごろに書いた『私家農業談』は村役人層に幅広く読まれた。その子,正好も『私家農業談』の補遺として『農業談拾遺雑録』を著したほか,宮永家からは多くの逸材が出ている。<参考文献>広瀬久雄・米原寛「『私家農業談』現代語訳・解題」(『日本農書全集』6巻),清水隆久『近世北陸農業史』

(松村敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の宮永正運の言及

【私家農業談】より

…江戸後期の農書。越中国礪(砺)波郡下川崎村(現,富山県小矢部市)の宮永正運(1732‐1803)が1789年(寛政1)に書きあげた。《農業全書》を手本に,地元の事情を多く加えて構成し,同時代の農書中もっとも充実した一書である。…

※「宮永正運」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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