嵐三五郎(6代) あらし-さんごろう
1851-1925 明治時代の歌舞伎役者。
嘉永(かえい)4年2月12日生まれ。4代中村芝翫(しかん)に入門,江戸で中村翫之助の名で初舞台。7代嵐雛助(ひなすけ)の養子となり,明治6年8代目をつぐが,縁組を解消し,8年6代三五郎を襲名。立役(たちやく),女方を得意とした。大正14年6月5日死去。75歳。江戸出身。本名は中村安之丞。前名は中村芝歌之助,中村竹三郎(3代)。俳名は雷子。屋号は吾妻屋。
嵐三五郎(2代) あらし-さんごろう
1732-1803 江戸時代中期-後期の歌舞伎役者。
享保(きょうほう)17年生まれ。初代嵐三五郎の子。8歳で2代目を襲名。立役(たちやく)として,大坂,京都,江戸で活躍。俏事(やつしごと)と所作事を得意とした。寛政9年隠退して京屋七兵衛と名のり,翌年剃髪(ていはつ)し密巌と号した。享和3年5月2日死去。72歳。初名は嵐富三郎(初代)。後名は嵐来芝(初代)。俳名は雷子,来芝。屋号は京屋。
嵐三五郎(5代) あらし-さんごろう
1818-1860 江戸時代後期の歌舞伎役者。
文政元年生まれ。4代嵐三五郎に入門,一時2代尾上多見蔵にまなぶ。弘化(こうか)4年5代三五郎を襲名。嘉永(かえい)元年4代三桝大五郎の養子となり,三桝源之助(2代)と改名。京都,大坂で活躍,和事,実事を得意とした。安政7年2月15日死去。43歳。初名は嵐三吉(2代)。前名は尾上多幸蔵,嵐馬太郎(2代)。俳名は其鶴。屋号は京枡屋。
嵐三五郎(3代) あらし-さんごろう
?-1833ごろ 江戸時代後期の歌舞伎役者。
2代嵐三五郎の子。寛政9年(1797)3代目を襲名。花形の立役(たちやく)として京都,大坂,江戸で活躍。武道事を得意とし,道外役(どうけやく),老役(ふけやく)などにもすぐれた。天保(てんぽう)4年ごろ死去。初名は嵐松之助。後名は嵐来芝(2代)。俳名は雷子,来芝。屋号は京屋。
嵐三五郎(初代) あらし-さんごろう
1687-1739 江戸時代中期の歌舞伎役者。
貞享(じょうきょう)4年生まれ。初代嵐勘四郎の門から3代嵐三右衛門の門に転じる。立役(たちやく)として大坂,京都,江戸で活躍。俏事(やつしごと),所作事を得意とした。元文4年7月12日死去。53歳。京都出身。本名は島田喜之助。俳名は雷子,其有。屋号は京屋。
嵐三五郎(4代) あらし-さんごろう
1804-1837 江戸時代後期の歌舞伎役者。
文化元年生まれ。3代嵐三五郎の次男。文政6年4代目を襲名し,「忠臣蔵」の若狭之助などを演じ好評を博した。和事,所作事を得意とし,大坂,京都で活躍した。天保(てんぽう)8年6月29日死去。34歳。前名は嵐馬太郎(初代)。俳名は雷子。屋号は京屋。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例