富原北廃寺(読み)とみはらきたはいじ

日本歴史地名大系 「富原北廃寺」の解説

富原北廃寺
とみはらきたはいじ

[現在地名]岡山市富原

山砂利層からなる丘陵地のなだらかに下降する山裾の台地上に位置する。寺院跡の南方には古代山陽道が通っているほか、その付近一帯に奈良時代の遺物散布がみられ、津高郡衙・津高駅などの遺跡が残されているものと推定されている。調査が行われていないので遺構は不明であるが、この地点から発見されている初期の瓦に、外区に珠文帯をめぐらした八葉の複弁蓮華文軒丸瓦や、重弧文軒平瓦がみられることから、寺院の創建は七世紀末葉にあったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む