日本歴史地名大系 「富山郷」の解説
富山郷
とやまごう
- 富山県:富山市
- 富山郷
以上二通の文書により、当郷はほぼ一円的に東岩倉寺領になったと推測されるが、実際上知行権は将軍家に掌握されていた。永享二年(一四三〇)六月九日将軍足利義教は「富山柳町」を側室瑞春院藤原尹子に与えた(「足利義教御内書」二尊院文書)。嘉吉の乱後の嘉吉三年(一四四三)一〇月足利義教・同義勝および父正親町三条公雅の菩提料所として、同所は瑞春院から浄土宗
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報