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富高 とみたか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

富高
とみたか

宮崎県北部,日向市の中心市街地。江戸時代にはこの地に日田 (ひた。現大分県) 代官の手代所 (陣屋ともいう) がおかれ,日向の天領 (臼杵郡5村,児湯郡 10村,諸県郡4村,那珂郡8村,宮崎郡2村,合計 29村,禄高2万 7000石) を管理した。近くに牧水記念館,日向迎洋園がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

富高
とみたか

宮崎県北部、日向(ひゅうが)市の中心地区。旧富高町。古代荘園(しょうえん)の記録では「宇佐宮弥勒寺(うさぐうみろくじ)領富高三十町」とある。江戸時代は天領で、日田(ひた)の代官所(西国筋郡代役所)の配下として手代所(陣屋とよぶ)が置かれた。支配したのは臼杵(うすき)郡5村、児湯(こゆ)郡10村、諸県(もろかた)郡4村、那珂(なか)郡8村、宮崎郡2村の29村、2万7000石であった。1868年(明治1)富高県となったが、同年日田県に合併された。今日、日向延岡(のべおか)新産業都市として市街地が発展している。[横山淳一]

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世界大百科事典内の富高の言及

【日向[市]】より

…市域中央を塩見川が東流し,河口部に牧島山,米ノ山からなる陸繫島をつくる。市街地は江戸時代に天領の手代所(陣屋)があった富高(とみたか)を中心に発展し,日豊本線,国道10号線が通り,国道327号線を分岐する。江戸初期は延岡藩領,1692年(元禄5)南部の美々津(みみつ),幸脇(さいわき)を除く地域が天領になった。…

※「富高」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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