寛胤法親王(読み)かんいんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寛胤法親王」の解説

寛胤法親王 かんいんほうしんのう

1309-1376 鎌倉-南北朝時代,後伏見天皇の第7皇子。
延慶(えんきょう)2年生まれ。真言宗勧修(かじゅう)寺にはいり,嘉暦(かりゃく)3年教寛から灌頂(かんじょう)をうける。建武(けんむ)4=延元2年(1337)同寺の長吏となり,東大寺別当をかねた。同年親王。その後,2度東大寺別当をつとめた。永和2=天授2年4月3日死去。68歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む