寺の下(読み)てらのした

日本歴史地名大系 「寺の下」の解説

寺の下
てらのした

[現在地名]盛岡市南大通(みなみおおどおり)二丁目・鉈屋町(なたやちよう)・大慈寺町(だいじじちよう)

新穀(しんこく)町惣門外より遠曲輪の堀に沿って北東に延びる二町半ほどの地(「盛岡砂子」など)。その先は西に折れて餌差(えさし)小路となる。名称は東に広がる寺院街の下通りであることに由来する。寺院街は正保城下図(内閣文庫蔵)には寺町とある。東は鉈屋町と千手(せんじゆ)院・祇陀(ぎだ)寺・臨江(りんこう)庵、北は長松(ちようしよう)院・久昌(きゆうしよう)寺に接する。寺の下中ほどの千手院の東裏に青竜水と称される清水が湧出し、内史略本「盛岡砂子」には「了源寺前に有、夏日は至て冷泉にて、厳寒は暖なること湯の如し、此辺此水に仍て保居す、水源祇陀寺より湧出る」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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