寺尾博(読み)テラオ ヒロシ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「寺尾博」の解説

寺尾 博
テラオ ヒロシ


専攻分野
作物学

肩書
参院議員(緑風会),農商務省農事試験場長

生年月日
明治16年9月2日

出生地
静岡県

学歴
東京帝大農科大学〔明治42年〕卒

学位
農学博士〔大正9年〕

経歴
農商務省農事試験場技手から技師、昭和16年同場長となり21年退官。同年貴院議員に勅選され、その後22年第1回参院選挙に全国区で当選、緑風会に所属。この間「稲の不稔性に関する突然異変及遺伝現象の研究」で農学博士。秋田県の陸羽支場に勤めた明治43年、稲の純系栽培を試み、人工交配によって水稲耐冷性品種「陸羽132号」の育成に成功、昭和9年東北地方を襲った大冷害に耐え、前年豊作でその多収性を発揮した。18年「水稲冷害の生理的研究」で学士院賞を受賞した。退官後、農電研究所顧問となり、水稲の電熱育苗法の研究と普及に尽力した。

受賞
日本学士院賞〔昭和18年〕「水稲冷害の生理的研究」

没年月日
昭和36年7月16日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「寺尾博」の解説

寺尾 博
テラオ ヒロシ

大正・昭和期の農学者 農商務省農事試験場長;参院議員(緑風会)。



生年
明治16(1883)年9月2日

没年
昭和36(1961)年7月16日

出生地
静岡県

学歴〔年〕
東京帝大農科大学〔明治42年〕卒

学位〔年〕
農学博士〔大正9年〕

主な受賞名〔年〕
日本学士院賞〔昭和18年〕「水稲冷害の生理的研究」

経歴
農商務省農事試験場技手から技師、昭和16年同場長となり21年退官。同年貴院議員に勅選され、その後22年第1回参院選挙に全国区で当選、緑風会に所属。この間「稲の不稔性に関する突然異変及遺伝現象の研究」で農学博士。秋田県の陸羽支場に勤めた明治43年、稲の純系栽培を試み、人工交配によって水稲耐冷性品種「陸羽132号」の育成に成功、昭和9年東北地方を襲った大冷害に耐え、前年の豊作でその多収性を発揮した。18年「水稲冷害の生理的研究」で学士院賞を受賞した。退官後、農電研究所顧問となり、水稲の電熱育苗法の研究と普及に尽力した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寺尾博」の解説

寺尾博 てらお-ひろし

1883-1961 大正-昭和時代の農学者。
明治16年9月2日生まれ。農事試験場陸羽(りくう)支場で冷害につよい水稲「陸羽132号」の育成に成功,東北地方にひろく普及させた。昭和16年農事試験場長。19年「水稲冷害の生理学的研究」で学士院賞をうける。22年参議院議員(緑風会)。昭和36年7月16日死去。77歳。静岡県出身。東京帝大卒。著作に「植物育種要説」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「寺尾博」の解説

寺尾 博 (てらお ひろし)

生年月日:1883年9月2日
大正時代;昭和時代の農学者。農商務省農事試験場長;参院議員(緑風会)
1961年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の寺尾博の言及

【農学】より

…昭和初期における農業恐慌,水稲冷害(1931,34,35)は,日本の農学,とくに稲作などをめぐる実験的諸研究の発展の第1の契機となった。篤農荻原豊次の保温折衷苗代の創出は,水稲苗研究の端緒になり,塩入松三郎の水田脱窒現象の発見と全層施肥法の考案は,現代の水田土壌化学への出発点となり,寺尾博らの水稲の冷温による被害の研究は,今日の水稲生理・生態実験の嚆矢(こうし)ともいうべきものとなった。浅見与七が果樹研究へ実験的手法を取り入れたことも見落とせない。…

※「寺尾博」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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