国指定史跡ガイド 「対馬藩主宗家墓所」の解説
つしまはんしゅそうけぼしょ【対馬藩主宗家墓所】
長崎県対馬市厳原(いずはら)町にある墓所。鎌倉時代から対馬に居を定めた惟宗(これむね)氏は宗(そう)と称して各地に墓地を残しているが、近世になって府中(厳原)金石屋形(金石城)の裏山に累代の御霊所を画定。万松院(ばんしょういん)は、第2代藩主義成(よしなり)が、1615年(慶長20)に逝去(せいきょ)した亡父義智(よしとし)を弔って建立した菩提寺で、この万松院と御霊所とを含めた範囲が1985年(昭和60)に国の史跡に指定された。墓地は桃山様式を残す山門の脇から、百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる132段の自然石の大石段を登ったところにある。樹齢数百年の大杉が茂り、上段には義智以来の14人の藩主とその正室ら、中段には積極的な朝鮮外交で有名な戦国期の貞国(さだくに)ほか、下段には側室などが眠る。対馬藩は10万石の格式であったが、壮大な墓地は、数十万石の大藩並みといわれている。厳原港から徒歩約16分。