寿国寺跡(読み)じゆこくじあと

日本歴史地名大系 「寿国寺跡」の解説

寿国寺跡
じゆこくじあと

[現在地名]鹿児島市武三丁目

元持山と号し、本尊釈迦如来であった。享保一四年(一七二九)鹿児島藩主島津吉貴が西田にしだ村にあった真言宗地蔵院(了性寺末)を移し、僧玄黙に命じて再興、黄檗宗寺院とした。招請開山は隠元。寺領四八〇石(要用集)。総門を入ると天王殿があり、「栴檀林」の扁額は隠元の書と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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