将監塚・古井戸遺跡(読み)しようげんづか・ふるいどいせき

日本歴史地名大系 「将監塚・古井戸遺跡」の解説

将監塚・古井戸遺跡
しようげんづか・ふるいどいせき

[現在地名]児玉町共栄、本庄市共栄

女堀おんなぼり川左岸の本庄台地南端にあり、標高は七七メートル前後で、水田面との比高は一メートル以下。昭和五五年(一九八〇)から五八年にかけて発掘調査を実施。調査された遺跡としては県内最大規模で、その主体は縄文時代中期の集落二ヵ所と奈良・平安時代の集落および中世遺構群で、竪穴住居跡と掘立柱建物遺構だけでも五五〇を超える。縄文時代中期の集落はともに環状集落で、多くの土壙や集石を伴っており、敷石住居跡や複式炉跡・方形柱穴列なども発見されている。土器には東北系や中部系などのものもみられ、周辺には近接した時期の集落が点在しており注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む