小中島町(読み)こなかじまちよう

日本歴史地名大系 「小中島町」の解説

小中島町
こなかじまちよう

[現在地名]三島本町ほんちよう

三島町のほぼ中央に位置する町で、東海道に沿って久保くぼ町の西に続く。三島宿成立当初からの中心的な町。寛文四年(一六六四)の三島代官伊奈忠公掟書写(世古家文書)町名みえ、三島宿の伝馬役を最初に負担した。貞享五年(一六八八)の家数三三(家持二九・借屋四)、町の長さ九七間(三島町外万覚帳)。慶応三年(一八六七)には高九九石余、家数五六(本家四一・店舗一五)・人数二七五(「宗門人別取調書」三島市誌)。東海道分間延絵図によると町の南北両側に脇本陣南側本陣がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む