日本歴史地名大系 「小仁宇村」の解説
小仁宇村
こにうむら
[現在地名]鷲敷町小仁宇
谷・手代谷・天王谷の四里があった。旧高旧領取調帳では蔵入地高二〇石余、高一五六石余は山田貢の知行。天明六年(一七八六)の村々浦里男女人改帳(守野家文書)によると人数二一五、うち男九四・女一二〇・社人一。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
谷・手代谷・天王谷の四里があった。旧高旧領取調帳では蔵入地高二〇石余、高一五六石余は山田貢の知行。天明六年(一七八六)の村々浦里男女人改帳(守野家文書)によると人数二一五、うち男九四・女一二〇・社人一。
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