小唐人町(読み)ことうじんまち

日本歴史地名大系 「小唐人町」の解説

小唐人町
ことうじんまち

[現在地名]松山市大街道(おおかいどう)一―三丁目・御宝町(みたからまち)および一番(いちばん)町・二番(にばん)町・千舟町(ちふねまち)二丁目の各一部

松山城下町の東部を南北に貫通する町筋であって、古くはこの道路から東部にある広い地域をも包含した。東は竹鼻(たけはな)町・唐人(とうじん)町、西は一番町・二番町・三番(さんばん)町・四番(よばん)町、南は湊(みなと)町・河原(かわら)町、北は八幡(はちまん)町・鮒屋(ふなや)町・御宝町に接する。元禄―正徳年間(一六八八―一七一六)と推定される松山秘図(伊予史談会蔵)に小唐人町があり、これに交差する小唐人南片原(ことうじんみなみかたはら)町・同東水呑(ひがしみずのみ)町・同北水呑(きたみずのみ)町があるのを初見とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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