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小堀政方 こぼり まさかた

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美術人名辞典の解説

小堀政方

江戸中・後期の茶人・大名。遠州茶道宗家七世。五世政峰の七男。山城伏見生。名は政弥。号は宗友・修禅庵・長松庵。従五位下、備中守・和泉守。遺領を嗣ぎ、大番頭・伏見奉行などを歴任。茶道を父に学び、また画を能くした。享和3年(1803)歿、62才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小堀政方 こぼり-まさみち

1742-1803 江戸時代中期の大名。
寛保(かんぽう)2年生まれ。小堀政峯の7男。宝暦11年(1761)近江(おうみ)(滋賀県)小室藩主小堀家6代となる。安永7年から伏見奉行をつとめ,自藩の財政立て直しなどのため伏見町民への課税を強化する。町民代表にうったえられ,天明5年免職,8年不行跡で改易となった。享和3年9月8日死去。62歳。初名は政弥。通称は金次郎

小堀政方 こぼり-まさかた

こぼり-まさみち

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朝日日本歴史人物事典の解説

小堀政方

没年:享和3.9.8(1803.10.23)
生年:寛保2(1742)
江戸中期の伏見奉行。近江国(滋賀県)小室藩主。備中守,和泉守。父政峯は宝暦期の若年寄。小堀正一(遠州)の子孫。宝暦11(1761)年遺領1万630石を継ぐ。大番頭を経て安永7(1778)年に伏見奉行となり和泉守叙任。在任中,窮迫した藩財政の補填や寵妾の贅沢で多額の御用金と重税を伏見の町人に課した。天明5(1785)年9月伏見町民文珠九助らは,小堀の暴政を幕府に越訴(一揆の実録『雨中之鑵子』に詳しい)したため,同年12月伏見奉行を罷免。8年5月,改易に処せられ領知没収で小室藩は取り潰され,身柄は相模国(神奈川県)小田原藩主大久保忠顕に永預け,翌年播磨国(兵庫県)赤穂藩主森忠賛に預け替えとなった。

(山田忠雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の小堀政方の言及

【遠州流】より

小堀遠州を流祖とする茶道の流派の一つ。古田織部のあとをうけて将軍家光の茶道師範となった遠州が,大名茶全盛の時代に台子を中心とした〈きれいさび〉の茶法を開いた。それは古典美を発揚した茶室,鎖の間,書院を一体化する建築にあらわされ,その茶法は藤原定家を敬慕するところから出た王朝趣味にもとづいている。また大名茶を推し進めていくなかで,茶の湯の道は人倫の道に通じるとする精神は,《書捨(かきすて)の文》に表現されている。…

※「小堀政方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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