小島三郎(読み)コジマ サブロウ

20世紀日本人名事典 「小島三郎」の解説

小島 三郎
コジマ サブロウ

大正・昭和期の医学者



生年
明治21(1888)年8月21日

没年
昭和37(1962)年9月9日

出生地
岐阜県

別名
筆名=別天 幸兵衛(ベッテン コウベエ)

学歴〔年〕
東京帝大医科大学〔大正5年〕卒

学位〔年〕
医学博士〔大正13年〕

経歴
伝染病研究所技手、技師を経て大正15年からドイツ留学2年、さらに欧米の下水設備などを調査。この間東大助教授兼防疫官、伝染病研究所員、昭和4年帰国。10年京城帝大講師、東大教授、22年予防衛生研究所副所長、30年所長、33年辞職。大正12〜昭和27年、日本医科大学教授兼任。予防医学業績を残した。著書に「食物中毒菌」(共著)、「インフルエンザ」。他に全日本スキー連盟会長も務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小島三郎」の解説

小島三郎 こじま-さぶろう

1888-1962 大正-昭和時代の細菌学者,公衆衛生学者。
明治21年8月21日生まれ。日本医大教授,母校東京帝大の教授をへて,昭和30年国立予防衛生研究所所長。インフルエンザ・食中毒疫学ワクチンの研究など,予防医学で業績をのこした。昭和37年9月9日死去。74歳。岐阜県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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