病原微生物、毒素、有害化学物質などで汚染された飲食物を摂取することによって発症する疾病。そのほとんど(患者数で約90%)は病原微生物(食中毒病原体)によるものである。かつては、食中毒では人から人への感染がないとされ、コレラや腸チフスなどの消化器感染症とは分けて考えられていた。食品が病原微生物で汚染されていても、少数の菌なら発症せず、食品中で増殖し、菌が増えた状態のものを食べたときにおこるのが食中毒であると考え、食品中での増殖を抑えることが重視されたためである。しかし、腸管出血性大腸菌やノロウイルスのようにわずかな汚染だけで発症し、人から人へも感染する病原体が発見され、その境界は明確でなくなった。近年では「食品媒介性感染症」としてまとめられることも多い。
[浦上 弘 2022年2月18日]
同じ食品を食べて同じ病気になったときなど、食品と疾病との関連は容易に推察され、「食あたり」として認識されていた。1820年にドイツの詩人・医師のJ・ケルナーは、ソーセージやハムでおこりやすかったボツリヌス食中毒を「ソーセージ病」として詳細に記述した。その後、微生物が病気を引き起こすことが明らかになり、1854年にイタリアの医師パチーニFilippo Pacini(1812―1883)は、コレラ患者の糞便(ふんべん)に大量のコレラ菌を見出し、これが病気の原因だと考えた。19世紀末には、サルモネラ、ブドウ球菌、ボツリヌス菌などの食中毒菌が次々と発見されていった。一方、消化器感染症は、人の糞便が飲料水を汚染することがおもな原因であり、日本でも第二次世界大戦後には赤痢の患者数が年間10万人、死者が2万人近くに達した。しかしその後、上下水道の完備や衛生環境の整備により流行は大きく減少した。
[浦上 弘 2022年2月18日]
2016年(平成28)~2020年(令和2)の5年間に日本で発生した食中毒の事件数は年平均で約1500件、患者数は約1万6000人(厚生労働省「食中毒発生状況」による)である。これらの数値は医療機関から保健所に届けられた数であり、実数ははるかに多いと推測される。アメリカでは無作為抽出した住民への聞き取りによる調査を行っており、その推計では、年間の食中毒患者数は全人口の約6分の1であり、日本にその割合を当てはめると年間2000万人が食中毒を発症していることになる。
[浦上 弘 2022年2月18日]
厚生省(現、厚生労働省)が1952年(昭和27)に始めた食中毒統計(「食中毒発生状況」)では、原因物質はサルモネラ、ブドウ球菌、その他の細菌、化学物質、自然毒のみであった。その後新たな食中毒病原体の発見や食中毒事件の増加などを受けて、腸炎ビブリオ、病原大腸菌などが追加され、1996年(平成8)にはノロウイルスが加わった。2021年時点では、化学物質なども含めて20種以上の原因物質に分類されている。
時代による変化も大きく、1995年までは、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌、サルモネラが件数の1~3位を占めていたが、食品の製造基準などの規制によって減少した。一方で、病原大腸菌、ノロウイルス、アニサキスなどの新たに追加されたものが上位を占めるようになった。
発生件数を原因物質ごとにみると、細菌、ウイルス、寄生虫によるものがそれぞれ38%、21%、30%であり、患者数では43%、48%、3%となっている。ウイルスでは、ノロウイルスでの1件当りの患者数が多いために件数が相対的に少なく、寄生虫では、アニサキスの事例のほとんどが患者1人であるため、件数の割に患者数が少ない。化学物質による食中毒は、件数でも患者数でも全体の1.4%ほどであり、そのほとんどがヒスタミンによるものである。
食中毒による死者は、2016年~2020年の5年間で27人となっており、うち11人が腸管出血性大腸菌、14人が自然毒である。集団食中毒での死者は腸管出血性大腸菌によるものが多く、11人のうち10人は2016年に起きた老人福祉施設での事例である。またそれ以前では、2011年のユッケによる5人、2012年の白菜の浅漬けによる8人などの事例がある。自然毒での死者は、毒キノコや毒草、素人(しろうと)が調理したフグの喫食によるものが多い。
[浦上 弘 2022年2月18日]
食中毒のほとんどは、腹痛、下痢、嘔吐(おうと)の胃腸症状を伴う。腸管出血性大腸菌では激しい水様性の下痢や血便、ノロウイルスや黄色ブドウ球菌では激しい嘔吐にみまわれる。下痢の潜伏期間は1日~1週間、嘔吐では1時間~1日のものが多い。胃腸症状以外での潜伏期間はさまざまで、ヒスタミン(アレルギー症状)では数分、キノコ毒(消化器症状、神経症状など)では1時間前後と短い。リステリア・モノサイトゲネス、A型肝炎では潜伏期間が数週間以上になることがある。
サルモネラ、腸管出血性大腸菌、カンピロバクターなどでは胃腸症状に加えて発熱も伴う。ボツリヌス食中毒では毒素が神経障害を引き起こす。リステリア・モノサイトゲネスは髄膜炎や死産の原因となる。カンピロバクター食中毒では、ギラン‐バレー症候群が長年にわたる後遺症になることがある。
[浦上 弘 2022年2月18日]
細菌性の食中毒は、菌が人体内で増殖することで発症する「感染型」(サルモネラ、腸炎ビブリオなど)と菌が食品中でつくった毒素により発症する「毒素型」(黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌など)、および感染後に体内でつくられた毒素により発症する「中間型」(腸管出血性大腸菌、コレラ菌など)に分類される。ウイルスや寄生虫では毒素をつくるものはなく、すべて感染型に分類される。
[浦上 弘 2022年2月18日]
食中毒の防止には、食品を食中毒原因物質で汚染しないことが重要である。「つけない」「増やさない」「殺す」の三原則が広く知られている。生肉を扱った手や調理器具などを介して、サラダなどに食中毒病原体を「つけない」。食中毒菌を食品中で「増やさない」ように冷蔵する。中心部まで食品を加熱して病原体を「殺す」。しかし細菌のなかには調理加熱では死なない胞子をつくるものもあり、黄色ブドウ球菌の毒素やヒスタミンも加熱では毒性を失わない。このような場合には、食中毒病原体を「つけない」「増やさない」で対処する。
食品製造業での食中毒対策としてもっとも評価が高い手法が「HACCP(ハサップ)」(危害要因分析と必須管理点)である。食品の製造工程をステップごとに分析し、それぞれで起こりうる三原則の失敗を予防的に摘み取ることで、製品の安全性を確保する。
[浦上 弘 2022年2月18日]
有毒な物質が食物とともに経口的に摂取されたときに起こる,人体の機能障害(中毒)をいう。食中毒の原因となるもの(病原物質)は,細菌,自然毒(フグや毒カマスなどの動物性自然毒,毒キノコや毒ゼリなどの植物性自然毒),化学物質(メタノール,メチル水銀など)に分けられる。寄生虫によるものやウイルスによるものは,食中毒としては扱わない。細菌性食中毒はさらに感染型(サルモネラ菌属,腸炎ビブリオなど),食品内毒素型(ブドウ球菌,ボツリヌス菌など),生体内毒素型(ウェルシュ菌,毒素型大腸菌など)に大別される。食品内毒素型食中毒は,摂食時にすでに大量の毒素が汚染食品中に産生されており,生体内で細菌が増殖してから症状を呈する感染型や生体内毒素型に比べ,摂食から発症までの時間(潜伏期)が短いのが特徴で,特にブドウ球菌食中毒では,摂食後30分くらいで発症することもある。
食中毒は日常生活の基本である衣食住に密接にかかわっており,食品衛生上の重要課題である。日本では食品衛生法(1947年施行)により食中毒患者の届出が義務づけられており,1952年以降は統計として体系化されている(現在の食中毒統計)。食中毒の発生状況をみると,近年事件数は減少しているにもかかわらず,大型の食中毒が発生するため患者数に減少が見られず,毎年2万~4万名の届出がある。これは学校給食や外食産業の大規模化,また流通機構の変化により,同じ食品を多数の人が食べる機会が多くなったことを反映している。特に96年には腸管出血性大腸菌O-157による大規模な集団食中毒が多発し,この菌による食中毒の年間有症者数は9000余名,死者数12名にのぼった。食中毒による死者数は近年明らかに減少し,1986年以降は2~10名であったが,96年は,サルモネラ菌属による死亡も加わり,死者数15名となった。
食中毒の原因食としては,魚介類とその加工品が最も多い。発生場所で多いのは飲食店,家庭,旅館,仕出屋等である。食品営業者に対する監視体制としては,食品衛生法に基づく食品衛生監視員が各都道府県等に配置され,食品の製造,加工,保存,販売などの衛生状態を監視・指導している。一方,家庭での食中毒予防としては,冷蔵庫を過信しない,肉や魚など生ものとその他の食品を分けて扱う,手を洗うなど,基本的衛生事項の遵守が重要である。
→食品衛生
執筆者:豊川 裕之
食中毒は,日本では昔は〈食傷(しよくしよう)〉あるいは〈食あたり〉といわれた。生活環境と衛生観念の水準が低かった時代には,当然のことながら食物が細菌に汚染される機会はきわめて多く,また慢性的な食料不足から,汚染食品や腐敗食品を口にすることは日常茶飯事であったため,多くの人々,特に幼い子どもや病弱者がこの犠牲となった。たとえば江戸時代の見聞記や小咄,川柳などにも出度数が高く,痘瘡や麻疹などの疫病に次いで罹患率の高い疾病であった。江戸時代に最も多かった食中毒は,やはり細菌性食中毒で,今日と同じようにサルモネラ菌や大腸菌による感染型食中毒と,ブドウ球菌や腐敗菌による毒素型食中毒であったと考えられる。蘆川桂洲の《病名彙解》(1686)に,食傷として〈其ノ症胸膈痞塞,吐逆,嚥酸,敗卵臭ヲ噫シ,食ヲ畏レ,頭痛,発熱,悪寒シテ,病傷寒ニ似タリ〉とあるが,嘔吐,下痢を主症とする細菌性食中毒の症状を示している。江戸時代の医書などに〈泄痢〉〈泄瀉〉〈痢病〉など下痢をともなう胃腸病の名前がよくでてくるが,その多くは食中毒と考えられる。これと並んで,昔はフグ中毒,アサリ中毒,キノコ中毒など自然毒による食中毒も多かった。特定の動植物のもつ毒性についての知識はかなり普及していたものの,有毒な野草や魚介類を口にする機会は多く,さまざまな毒にあたるはめに陥った。こうしたことから解毒性のある薬草や食あたりに関することわざが庶民に広く親しまれていた。
執筆者:立川 昭二
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(的場輝佳 関西福祉科学大学教授 / 2008年)
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…一時に多くの人々が同一の中毒源によって中毒を起こすこと。一酸化炭素など有毒のガスによる中毒なども含まれるが,最も多いのは飲食店,仕出屋,旅館などの食事・弁当が原因で大勢の人がかかる食中毒で,集団中毒といえば食中毒をさすことが多い。家庭の食事が原因で起きる家族の大多数が食中毒にかかることを含むことがある。…
…このほか,砂糖のとりすぎと虚血性心疾患,高カロリー食による肥満の問題などが大きな問題として指摘されている。
[食品の安全性]
食品の安全性を確保することを食品衛生というが,食中毒や食品汚染,癌原性物質などによる慢性疾患の発生などが問題となっている。日本では1947年に〈食品衛生法〉が制定され,食品の製造,管理などについて細かく規定されているが,食品による危害を未然に防止することは容易ではない。…
…食中毒病原菌の一つ。日本における夏季の細菌性食中毒の原因菌の主体をなす。…
…赤痢菌の感染は,本来逐次感染であるが,食品の赤痢菌汚染によって生じる共通経路感染もみられる。
[食中毒]
ある種の病原細菌は,基本的にはヒトからヒトへの感染の伝播を起こさず,その細菌が食品を汚染し増殖した後に,ヒトに摂取されて感染症ないし中毒症を引き起こす場合がある。この種のものを細菌性食中毒と呼ぶ。…
…穿孔(せんこう)性腹膜炎,腸閉塞,急性膵臓炎など緊急手術が必要な状態であることが多い。普通の食中毒や急性胃腸炎などの痛みとちがって,少しくらいの痛止めの注射(鎮痙剤)によっても痛みはおさまらず,あるいはいったんおさまった痛みがまたすぐ起こってくるものであって,自覚的にも病気の重大さに気づくことが多い。ことに胃腸の穿孔や急性膵臓炎などでは死の恐怖感があり,不安感,絶望感を伴うことがあり,痛止めよりも鎮痛・鎮静剤が効果的であることが多い。…
※「食中毒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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