ワクチン(読み)わくちん(英語表記)vaccine

翻訳|vaccine

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワクチン」の意味・わかりやすい解説

ワクチン
わくちん
vaccine

感染症の予防のため人または動物に注射または経口投与することにより、生体に免疫をつくらせる免疫原をいう。すなわち、感染症の予防接種に用いられる生物学的製剤で、感染症の原因となる微生物そのものの死菌または弱毒菌株、あるいは病原微生物の産生する毒素をホルマリンで処理して無毒化し、免疫原性だけをもつトキソイドとして用いる。能動免疫(自動免疫)が得られ、生体に抗体を生じさせるのに日数を要するが、できた抗体は比較的長く生体内に保持される。これに反し、受動免疫(他動免疫)の例である免疫血清はそれ自体が抗体であり、感染症の治療にすぐ役だつが、免疫の持続は比較的短い。したがって、感染症の予防には、流行あるいは感染の危険がある場合にワクチンをまえもって投与する必要がある。しかし、緊急に発病を防ぎ、かつ長期間の免疫を与える必要のあるとき、たとえば破傷風や狂犬病の場合には免疫血清とワクチンを併用し、別々の場所に注射することもある。なお、発現する免疫抗体の持続時間には長短があり、市販のワクチンやトキソイドは生物学的製剤基準によって規制され、有効期間が法的に規定されている。

 現在、日本の予防接種法による定期接種としては、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(改良DPT三混ワクチン)、ポリオ生(なま)ワクチン、麻疹(ましん)生ワクチン、風疹生ワクチン、BCGワクチンが用いられ、予防接種法による一般的な臨時接種としては、インフルエンザHAワクチン、日本脳炎ワクチン、ワイル病秋やみ混合ワクチン、また、任意接種としてはおたふくかぜ生ワクチン、海外渡航時の予防接種としてはコレラワクチン、黄熱生ワクチン、組織培養不活化狂犬病ワクチンの接種が行われている。このほか、任意接種としてB型肝炎の感染予防のため、医師、歯科医師、看護師、検査技師など、患者および患者よりの検査材料を直接取り扱う医療従事者などハイリスク者、および母子垂直感染防止用として沈降B型肝炎ワクチンの接種が行われており、最近では水痘ワクチンが実用化され、単純ヘルペスワクチンは開発中である。なお、エイズAIDS)についてもワクチンの開発が急がれている。

 次に、生物学的製剤基準収載のワクチンとトキソイドを列挙する。

(1)死菌または不活化ワクチン インフルエンザワクチン、インフルエンザHAワクチン、不活化狂犬病ワクチン、乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチン、コレラワクチン、腸チフスパラチフス混合ワクチン、日本脳炎ワクチン、乾燥日本脳炎ワクチン、沈降B型肝炎ワクチン、百日せきワクチン、沈降精製百日せきワクチン、発疹チフスワクチン、ワイル病秋やみ混合ワクチン。

(2)弱毒株を用いた生ワクチン 乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン、痘瘡(とうそう)ワクチン(痘苗(とうびょう))、乾燥痘瘡ワクチン(乾燥痘苗)、細胞培養痘瘡ワクチン、乾燥細胞培養痘瘡ワクチン、乾燥BCGワクチン、乾燥弱毒生風疹ワクチン、経口生ポリオワクチン、乾燥弱毒生麻疹ワクチン、乾燥弱毒生水痘ワクチン。

(3)トキソイド ジフテリアトキソイド、沈降ジフテリアトキソイド、成人用沈降ジフテリアトキソイド、ジフテリア破傷風混合トキソイド、沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド、破傷風トキソイド、沈降破傷風トキソイド、沈降ハブトキソイド、百日せきジフテリア混合ワクチン、百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン。

 現在、痘瘡(天然痘)は絶滅したので種痘の必要はなくなった。また、ワイル病秋やみ混合ワクチンもほとんど必要を認めていない。以下個々のワクチンについて簡単に述べる。

[幸保文治]

改良DPT三混ワクチン

ジフテリアトキソイド、改良百日せきワクチン、破傷風トキソイドを混合したもので、従来の百日せきの死菌ワクチンの成分のうち、赤血球凝集素が主要な防御抗原であることがわかり、これを主成分とした改良ワクチンが開発され、副作用が大幅に減少している。

[幸保文治]

経口生ポリオワクチン

この投与によってポリオ患者の発生は激減した。ポリオウイルスは血清型からⅠ・Ⅱ・Ⅲ型に分けられるが、ワクチン服用者における麻痺(まひ)例はきわめて少ないが、麻痺症例から分離されたウイルスはⅢ型が圧倒的に多い。

[幸保文治]

麻疹生ワクチン

高度弱毒株が用いられ、免疫効果もよく、副作用としては軽度ではあるが高熱をみるほか、100万人に1、2人程度で麻疹脳炎、亜急性硬化全脳炎がみられる。日本では1976年(昭和51)より定期接種に採用されている。

[幸保文治]

風疹生ワクチン

日本では5種のワクチンが市販されており、副作用が少なく免疫効果は良好である。このワクチンの普及によって先天性風疹症候群は完全に予防できるようになった。ワクチンウイルスによる催奇形性についてははっきりわかっていないが、妊娠中でのワクチン接種を避け、接種後は約2か月間避妊することが望まれている。

[幸保文治]

BCGワクチン

1955年にグルタミン酸ナトリウムを分散媒とする耐熱性乾燥BCGワクチンとなった。BCGの接種は結核の発病阻止に有効であり、副作用としては接種局所の潰瘍(かいよう)、腫瘍(しゅよう)、所属リンパ節の化膿(かのう)性炎、持続性播種(はしゅ)性BCG感染などがあり、使われるBCG株によって大差がみられる。日本株は副作用が少ない。

[幸保文治]

インフルエンザワクチン

従来はインフルエンザウイルス粒子そのものをホルマリンで不活化したものが用いられたが、現在はウイルス粒子の外被の赤血球凝集素(HA)などを精製したものが使用され、発熱などの副作用が非常に少なくなった。しかし、インフルエンザの流行株とワクチンウイルスの抗原が一致したときは予防効果が高くなるが、年によって流行株が異なるため、その効果も大きく変動する。インフルエンザワクチンの問題点としては、(1)流行株の抗原が絶えず変動すること、(2)不活化ワクチンでは呼吸気道に局所免疫ができないことがあげられている。そこで、これらの欠点を改良するため、インフルエンザの弱毒生ワクチンの研究開発が進められている。

[幸保文治]

日本脳炎ワクチン

マウスの脳で増殖させた日本脳炎ウイルスを精製し、ホルマリンで不活化したものが用いられる。最初は精製度がよくなかったが、現在ではきわめて高くなり、日本では患者数が激減した。

[幸保文治]

おたふくかぜワクチン

ムンプスワクチンともいい、麻疹ワクチンおよび風疹ワクチンと混合したMMR3種混合ワクチンが開発されている。

[幸保文治]

コレラワクチン

コレラ流行地への渡航のときだけ緊急に臨時接種が行われる。予防効果は第1回注射後約1週間から出現し、約3~4か月持続して以後は消失する。

[幸保文治]

狂犬病ワクチン

従来のワクチンは脳物質を多く含み、これに対する抗体が産生されていわゆる脱髄現象をおこし、唇のしびれや手足の知覚麻痺などの運動障害、重篤な場合は死に至るといった事故の発現がみられたが、現在では脳物質の混入のおそれのない組織培養ワクチンが開発され、このワクチンが使用されているので脱髄現象の心配はない。

[幸保文治]

B型肝炎ワクチン

このワクチンは、感染予防に重要な役割を果たしているウイルス粒子を取り巻く被膜(HBs抗原)を取り出して精製し、不活化したものであり、その効果は実証されている。また、HBs抗原に相当するDNAを取り出してプラスミドに組み込ませ、細菌、酵母、種痘ウイルスなどに導入してHBs抗原を産生させる、いわゆるDNA組換え技術による大量生産が可能となり、活性HBウイルスや外来因子の混入のおそれのない安全性の高いワクチンが得られる。また、酵母を利用したB型肝炎ワクチンも検討されている。

[幸保文治]

水痘ワクチン

1970年(昭和45)水痘ウイルス岡(おか)株が分離され、これを用いてワクチンの開発が行われて1987年に市販された。水痘ワクチンは、この岡株をヒト胎児細胞、モルモット胎児細胞、ヒト二倍体細胞で継代培養し、弱毒したものが使われている。この水痘生ワクチンは、日本が世界に先駆けて開発したものである。家族内あるいは病棟内に水痘患者が発生した場合、2、3日以内にこのワクチンを接種すればほとんどの場合に発症を阻止できることが証明されている。

[幸保文治]

開発の現状

現在開発中のワクチンの製造には遺伝子工学的手段が広く用いられ、その有効性が確かめられてきている。すなわち、遺伝子工学の手段を用いて大腸菌プラスミドにDNAを組み込ませてウイルス糖タンパクをつくらせる方法、種痘ウイルスのチミジンキナーゼの部分にDNAを組み込ませて種痘ウイルスをつくり、そのままワクチンとして用いる方法などが研究されており、単純ヘルペスワクチン、B型肝炎ワクチン、成人T細胞白血病ワクチン、インフルエンザワクチンなどがその対象となっている。とくに種痘ウイルス(ワクシニアウイルス)の遺伝子中に病原ウイルスの感染予防に使える遺伝子を組み込んで、組込みワクシニアウイルス(RVV)をつくり、これを生ワクチンとして利用することが研究の課題となっている。弱毒性で病原性のきわめて弱い株を用いることが安全性につながるわけで、前述のもの以外にも、狂犬病ウイルス、水疱(すいほう)性口内炎ウイルス、エイズウイルスなどが対象とされ、また、マラリア原虫のスポロゾイト抗原遺伝子を組み込んだRVVが作製されている。

[幸保文治]

『国立予防衛生研究所学友会編『ワクチンハンドブック』(1994・丸善)』『高橋理明・神谷斉編『ワクチン最前線3――予防接種法の改正から将来のワクチンへ』(1999・医薬ジャーナル社)』『渡辺博著『わかりやすい予防接種』(2000・診断と治療社)』『牛島広治・渡辺博著『予防接種ノート』(2003・診断と治療社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワクチン」の意味・わかりやすい解説

ワクチン
vaccine

ヒトや動物を自動的に免疫するために用いられる抗原をいう。強い病後免疫を与える感染症の多くに対して,ワクチンによる予防が実用化されている。病原体を熱や薬品で殺してつくる不活化ワクチン (百日咳,腸チフス,日本脳炎,ポリオ・ソークワクチンなど) ,発病力を弱めた生ワクチン (痘苗,BCG,ポリオ・セービンワクチンなど) ,無毒化した細菌性毒素 (ジフテリアトキソイド,破傷風トキソイドなど) に大別できる。2種以上を混合した混合ワクチン,副作用の少いコンポーネントワクチンなどが開発されている。

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