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小栗満重 おぐり みつしげ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小栗満重 おぐり-みつしげ

?-? 室町時代の武将。
常陸(ひたち)(茨城県)小栗城主。応永23年(1416)上杉禅秀が鎌倉に出兵したとき,禅秀に味方したため,鎌倉公方足利持氏に所領をけずられる。これを不満として,小栗城にこもってたたかうが,30年持氏の出陣により落城。このとき自害したとも,三河(愛知県)の一族小栗貞重のもとにのがれたともいわれる。通称は孫次郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

小栗満重

生年:生没年不詳
室町時代の武将。基重の子。通称孫次郎。常陸介。鎌倉公方足利氏満の諱の1字を受けて満重と称す。小栗氏は常陸大掾氏の一族で常陸国小栗御厨を領した。満重は応永23(1416)年に上杉禅秀(氏憲)が鎌倉公方足利持氏反旗を翻すと(上杉禅秀の乱)禅秀方にくみし,のち鎌倉府に降った。その際持氏に所領の多くを没収されたことに不満を抱き,応永25年,同29年と反鎌倉府の兵を挙げる。特に29年の挙兵では,満重と同じく京都御扶持衆であった宇都宮持綱や桃井・佐々木氏らがこれに同調,共に小栗城に籠った。しかし翌年の持氏親征で小栗城は8月2日落城。満重は自害したとも,三河へ落ち延びたとも伝えられる。

(江田郁夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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