コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小橋勝之助 こばし かつのすけ

2件 の用語解説(小橋勝之助の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小橋勝之助 こばし-かつのすけ

1863-1893 明治時代の社会事業家。
文久3年1月25日生まれ。明治20年東京で勉学中結核にかかり,洗礼をうける。23年兵庫県矢野村(相生市)にかえって,弟実之助らと博愛社をつくり,孤児の養育にあたる。翌年の濃尾地震の際,震災孤児収容所をひらくが,結核が再発。林歌子と弟に博愛社を託して,明治26年3月12日死去。31歳。播磨(はりま)(兵庫県)出身。神戸医学校予科卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

小橋勝之助

没年:明治26.3.12(1893)
生年:文久3.2.25(1863.4.12)
わが国の最も古い児童施設のひとつである博愛社の創設者。播磨国(兵庫県)赤穂郡瓜生の庄屋,地主の小橋亀次郎の長男。竜野中学時代儒学者矢野真吾に学び,神戸医学校予科(神戸大医学部)卒業後上京し,高瀬真郷の心学,感化事業に影響をうけるが,英国の実践者J.ミューラーとの出会いを契機に明治20(1887)年受洗し聖公会の信者となる。儒教からキリスト教に移っていく当時の知識人のひとりであるが,矛盾律的,煩悶型の人物であり,克己的実践に生涯をかけた。22年帰郷し,小野田鉄弥を片腕として博愛社を創設,他方,伝道活動を勢力的に行う。この間,林歌子の協力も得たが,結核の悪化により死去。

(右田紀久恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小橋勝之助の関連キーワード教護院孤児院養護施設一つ一つ一つ目本朝ジオープンナインダーツアウトドア・アドバタイジング小野太三郎

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone