小田原八丁(読み)おだわらはつちよう

日本歴史地名大系 「小田原八丁」の解説

小田原八丁
おだわらはつちよう

[現在地名]仙台市小田原山本丁(おだわらやまもとちよう)・小田原金剛院丁(おだわらこんごういんちよう)・小田原牛小屋丁(おだわらうしごやちよう)・小田原清水沼通(おだわらしみずぬまどおり)・小田原広丁(おだわらひろちよう)・小田原大行院丁(おだわらだいぎよういんちよう)・小田原弓(おだわらゆみ)ノ町(まち)・小田原(おだわら)一―八丁目・宮町(みやまち)一丁目

東照宮門前の宮(みや)町の通り以東、小田原村分またはそれに隣接する地域に南北に割られた八ヵ町。「奥陽名数」に数える八ヵ町は小田原車(おだわらくるま)通・小田原山本丁・小田原金剛院丁・小田原広丁・小田原大行院丁・小田原牛小屋丁・小田原清水沼通・小田原蜂屋敷(おだわらはちやしき)であるが、小田原新弓(おだわらしんゆみ)ノ町・小田原東(おだわらひがし)丁などがあり、宮町南詰辺りからほぼ東西に小田原長丁(おだわらながちよう)通が通る。

〔小田原車通〕

東七番(ひがししちばん)丁続きで、花京院(かきよういん)通と結ぶ辺りに車地蔵(くるまじぞう)と称する街路があり、通名はこれに由来する。北は北一番(きたいちばん)丁突当り、一筋西は小田原宮町東裏(おだわらみやまちひがしうら)丁。寛文九―一一年(一六六九―七一)の城下絵図にみえ、北部に侍屋敷が割られる。同絵図に以東の通りはみえない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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