小石川大塚窪町(読み)こいしかわおおつかくぼまち

日本歴史地名大系 「小石川大塚窪町」の解説

小石川大塚窪町
こいしかわおおつかくぼまち

[現在地名]文京区大塚(おおつか)三丁目

小石川御箪笥(こいしかわおたんす)三ヵ町・小日向三軒(こびなたさんげん)町の北西方に位置する。小石川伝通(でんづう)院前から大塚方面に抜ける通り(現春日通)の北側を占める片側町で、この通りを隔てて南は陸奥平藩安藤氏の下屋敷、北西は小石川高源院(こいしかわこうげんいん)門前、北は陸奥守山藩松平氏の上屋敷など。町の中ほどに天満宮(別当龍門寺)の社地が入り込み、本町のほか、南東方に離れて下組とよぶ飛地(現小石川五丁目)がある。この下組は伝通院前から大塚方面に抜ける通りを、本町と小石川御箪笥三ヵ町・小日向三軒町との中ほどで北に折れて、守山藩松平氏上屋敷に至る通りの東側にあり、南は大塚町の飛地、北に折れる通りを隔てて西側は武家地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む