日本歴史地名大系 「小童村」の解説
小童村
ひちむら
[現在地名]甲奴町小童
近世は広島藩領で、元和五年(一六一九)の備後国知行帳は「ひち村」とあり一一九八・九三九石を記す。「芸藩通志」も同石を記し、田畝一六二町二反一畝余、戸数二二七・人口九七八、牛八〇・馬三三とあるが、天保郷帳では高一二四八・六一三石。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世は広島藩領で、元和五年(一六一九)の備後国知行帳は「ひち村」とあり一一九八・九三九石を記す。「芸藩通志」も同石を記し、田畝一六二町二反一畝余、戸数二二七・人口九七八、牛八〇・馬三三とあるが、天保郷帳では高一二四八・六一三石。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...