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西教寺 さいきょうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西教寺
さいきょうじ

滋賀県大津市坂本本町にある天台真盛宗総本山。推古期に聖徳太子が高麗の僧,恵慈らのために創建。最澄,良源,源信などが住したが,室町期に真盛が円頓戒と念仏称名の道場として再興し,以来1宗団を形成し,1878年天台宗より独立した。

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デジタル大辞泉の解説

さいきょう‐じ〔サイケウ‐〕【西教寺】

滋賀県大津市坂本にある天台宗真盛(しんぜい)派の総本山。山号は戒光山。聖徳太子の草創と伝える。文明18年(1486)真盛が中興、念仏の根本道場とした。客殿は伏見城の遺構という。境内に明智光秀の墓がある。大窪山智善院。

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百科事典マイペディアの解説

西教寺【さいきょうじ】

滋賀県大津市坂本にある天台真盛(しんぜい)宗本山。本尊阿弥陀如来。推古朝の草創と伝え,源信が復興した。1486年真盛が念仏道場とし,横川(よかわ)の別所となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

さいきょうじ【西教寺】

滋賀県大津市にある天台真盛宗の総本山。山号は戒光山。寺伝によれば,推古天皇のとき聖徳太子が創建し,天智天皇のとき阿弥陀仏像を安置,のち最澄が復興したという。980年(天元3)良源が再興して常行三昧を修し,ついで源信も念仏の道場となし,993年(正暦4)暹賀(せんが)のとき御願寺となる。のち1325年(正中2)恵鎮が復興し,大乗円頓戒を興して律寺とした。さらに1486年(文明18)真盛が入寺し,40余の仏殿堂舎を造営し,念仏と円頓戒を興隆した。

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大辞林 第三版の解説

さいきょうじ【西教寺】

滋賀県大津市坂本にある天台宗真盛しんぜい派総本山。山号、戒光山。推古天皇のときの創建という。最澄ら天台僧が復興、1486年、真盛が入寺して念仏の根本道場とした。客殿は伏見城の遺構という。1878年(明治11)天台宗真盛派を公称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西教寺
さいきょうじ

滋賀県大津市坂本本町にある天台真盛宗(しんせいしゅう)の総本山。戒光山兼法勝(かいこうざんけんほっしょう)西教寺と称する。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。618年(推古天皇26)聖徳太子が恩師の高麗(こま)僧慧慈(えじ)、慧聡(えそう)のために創建したと伝えられる。その後、天台宗が盛んになるに及び、比叡山(ひえいざん)北方にあたる当寺にもその教線が及んだ。天暦(てんりゃく)年間(947~957)に元三慈恵(がんさんじえ)大師良源が復興再建して念仏の中央道場とした。1486年(文明18)中興開山の真盛上人(しんせいしょうにん)が入寺し、40余の堂塔と教法を再興して不断念仏を始め、いまなおその伝統が受け継がれている。1571年(元亀2)織田信長の比叡山焼打ちによって焼失したが、坂本城主となった明智光秀(あけちみつひで)が檀徒(だんと)となって1574年(天正2)に再建され、90年には山城(やましろ)(京都府)粟田口(あわたぐち)にあった法勝寺(ほっしょうじ)と合併した。1878年(明治11)天台宗真盛派本山となり、現在では全国に400余りの末寺をもつ。桃山御殿とよばれる客殿は、伏見(ふしみ)城から移築された書院造の建物で、本尊阿弥陀如来坐像(ざぞう)(平安後期)、梵鐘(ぼんしょう)(平安時代)、薬師(やくし)如来坐像(京都法勝寺伝来、秘仏)などとともに国の重要文化財。境内には明智光秀一族の墓がある。[中山清田]
『『古寺巡礼 近江5 西教寺』(1980・淡交社)』

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