小竹八幡神社(読み)しのはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「小竹八幡神社」の解説

小竹八幡神社
しのはちまんじんじや

[現在地名]御坊市薗

そのの南部、通称しん町に鎮座誉田別ほんだわけ尊・息長足姫おきながたらしひめ命・小竹大神を主神とし、ほかに二〇神を祀る。旧郷社。もとは現社地より北方八〇〇メートルほどの通称元宮もとみやにあったが、延宝二年(一六七四)まで和歌山藩主徳川頼宣の別墅薗御殿のあった現在地に同六年に遷座。「日本書紀」神功皇后摂政元年二月条に、坂王・忍熊王の乱の時、皇后が紀伊国日高皇子(応神天皇)と会い、忍熊王攻略の軍議をして小竹宮しののみやに移ったことがみえるが、社名からこの小竹宮を当地にあて、天野祝と同所に葬られていたという小竹祝を当社の神人とする説があり、はふり塚と称するものもある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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