小笠原忠総(読み)おがさわら ただふさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小笠原忠総」の解説

小笠原忠総 おがさわら-ただふさ

1727-1790 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)12年8月22日生まれ。小笠原忠基の6男。宝暦2年豊前(ぶぜん)小倉藩(福岡県)藩主小笠原家4代。犬甘(いぬかい)知寛を家老とし,倹約令身分制度を強化して,藩政改革につとめた。藩校思永斎(のち思永館)をひらいた。寛政2年11月8日死去。64歳。初名は長規(ながのり)。通称は政之助,只次郎

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367日誕生日大事典 「小笠原忠総」の解説

小笠原忠総 (おがさわらただふさ)

生年月日:1727年8月22日
江戸時代中期の大名
1790年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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