小笠原長和(読み)おがさわら ながかず

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小笠原長和」の解説

小笠原長和 おがさわら-ながかず

1822-1840 江戸時代後期の大名
文政5年7月3日生まれ。大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主柳沢保泰(やすひろ)の9男。小笠原長会(ながお)の養子となり,天保(てんぽう)7年肥前唐津(からつ)藩(佐賀県)藩主小笠原家4代。同年の大飢饉(だいききん)の際粥(かゆ)をたいておおくの人をすくったが,10年の百姓一揆(いっき)は武力で鎮圧した。天保11年10月23日死去。19歳。名は「ながよし」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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