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土井利位 どい としつら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土井利位 どい-としつら

1789-1848 江戸時代後期の大名。
寛政元年5月22日生まれ。三河(愛知県)刈谷(かりや)藩主土井利徳(としなり)の4男。土井利厚(としあつ)の養子となり,文政5年下総(しもうさ)古河(こが)藩(茨城県)藩主土井家第2次4代。大坂城代在任中の天保(てんぽう)8年大塩平八郎の乱を鎮圧。14年水野忠邦(ただくに)の失脚で老中首座となるが,翌年老中を辞任。嘉永(かえい)元年7月2日死去。60歳。著作に「雪華図説」正・続。

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朝日日本歴史人物事典の解説

土井利位

没年:嘉永1.7.2(1848.7.31)
生年:寛政1(1789)
江戸後期の老中。下総古河藩主。通称大炊頭。寺社奉行を経て,天保5(1834)年大坂城代となり,同8年大塩平八郎の乱の平定の総指揮を執る。同年京都所司代,翌年西ノ丸老中,10年本丸老中と累進し,天保改革に参画した。同13年7月海防掛となり諸藩の海防指導を主管した。しかし翌年の上知令をめぐって老中水野忠邦と対立し,閏9月水野が失脚すると老中主座勝手掛となり緊縮財政策を採ったが,江戸城本丸の火災のために挫折し,翌弘化1(1844)年6月には退陣し土井政権は短命に終わった。家老に洋学者の鷹見泉石がいる。利位は雪の結晶を観察した『雪華図説』正続を著し,その図柄は大炊模様と呼ばれて流行した。

(針谷武志)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

どいとしつら【土井利位】

1789‐1848(寛政1‐嘉永1)
江戸後期の下総古河(こが)藩主。三河刈谷藩主土井氏から養子として入り,就封後,幕府の要職である寺社奉行,大坂城代,所司代を歴任し,1838年(天保9)老中に就任。はじめは水野忠邦を助けて天保改革をすすめたが,のちに上知令(あげちれい)に反対して忠邦の失脚後は代わって老中首座となり,44年(弘化1)まで在職した。家老の鷹見泉石の影響で蘭学に親しみ,顕微鏡で雪の結晶を観察して《雪華図説》を著した。【大口 勇次郎】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

土井利位
どいとしつら
(1789―1848)

江戸後期の古河(こが)藩主、老中。『雪華図説』の著者として有名。三河(みかわ)・刈屋藩主土井利徳(としなり)(1748―1813)の四男に生まれ、本家の古河藩主土井利厚(1759―1822)の養子となった。1822年(文政5)11代藩主となり大炊頭(おおいのかみ)に任官した。学問を好み、藩学館の興隆にも力を尽くしたが、家老の著名な蘭学(らんがく)者鷹見泉石(たかみせんせき)とともに蘭学を修めた。30年にわたって顕微鏡による雪の結晶の観察を続け、精密なスケッチ集『雪華図説』正編を1832年(天保3)に、続編を1840年に刊行した。政治家としての利位は奏者番(そうじゃばん)を振り出しに寺社奉行(ぶぎょう)を経て1835年に大坂城代となり、1837年飢饉(ききん)をきっかけに起こった大塩平八郎の乱を鎮定した。同年京都所司代、1838年に西の丸老中に就任、1839年に本丸老中に進んだ。天保(てんぽう)の改革では水野忠邦(ただくに)と対立し、1843年の忠邦失脚後は老中首座となったが翌1844年(弘化1)に引退した。[小林禎作・前野紀一]

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世界大百科事典内の土井利位の言及

【気象学】より

…1825年に刊行された青地林宗の《気海観瀾(きかいかんらん)》は,物理学・化学をおもに扱った本であるが,気象に関することもかなり含まれている。古河藩の城主土井利位(としつら)は顕微鏡で雪の結晶を観察し,そのスケッチを《雪華図説》として1833年に出版している。また,越後の商人鈴木牧之は1835‐42年に《北越雪譜》を出したが,これは雪に関連した各種の話題を収めたものである。…

【鷹見泉石】より

…泉石は号。天保年間(1830‐44)に大坂城代,老中を務めた藩主土井利位(としつら)を補佐して活躍した。若いころより洋学に親しみ,蘭学のほかロシア語を学び,天文・地理学にも関心をもった。…

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