小粟田村(読み)こおだむら

日本歴史地名大系 「小粟田村」の解説

小粟田村
こおだむら

[現在地名]小千谷市小粟田

信濃川第三段丘にある小粟田原と第四段丘にある小粟田の集落からなり、地形上はっきり二区域に分れる。集落はほとんど下段の小粟田に集まり、広大な小粟田原から涌出する豊富な清水により、米作の早く発達した地域で、村名も古田(こた)からきていると思われる。村内を長岡へ至る道が縦貫。正保国絵図に高三四二石余。天和三年郷帳では高四二〇石余。集落中央にある十二社の後方には、高田藩領の頃に郷蔵があった。伝承によると、庄屋清左衛門の預りであったが、延宝八年(一六八〇)の飢饉に村民の困窮をみかねた清左衛門は、年貢米の無断出庫を行った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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