小茂内遺跡(読み)こもないいせき

日本歴史地名大系 「小茂内遺跡」の解説

小茂内遺跡
こもないいせき

[現在地名]爾志郡乙部町字鳥山

乙部町市街の北約三キロ、日本海に注ぐ突符とつぷ川と小茂内川に挟まれた標高二〇―三〇メートルの舌状台地先端に位置する縄文時代から擦文時代の遺跡。台地先端部は後世の土取りのため大きく攪乱されている。国道改良工事に伴う事前調査で、平成五年(一九九三)から三ヵ年発掘調査が行われ、縄文時代後期末から晩期の配石と土壙、擦文時代の空壕・住居跡・柵列・土壙、また近世から明治時代の鰊粕干場跡が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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