小蓑村(読み)こみのむら

日本歴史地名大系 「小蓑村」の解説

小蓑村
こみのむら

[現在地名]三木町小蓑

朝倉(あさくら)村の南、讃岐山脈に続く山地に立地。江戸時代には東西二村として高付されている場合が多い。寛永国絵図に氷上(ひかみ)郷の小蓑のほか、田中(たなか)郷の二坂(にのさか)、井戸(いど)郷の足駄打がみえ、二坂・足駄打はいずれも当村の二の坂(にのさか)集落・足田打(あしだうち)集落である。寛永一九年(一六四二)の高松領小物成帳に田中村とは別に田中山がみえるが、これは当村か、当村および朝倉村に該当するとみられる。小物成は綿二四九匁五分・炭九一石二斗・茶代銀八匁。寛文六年(一六六六)の小物成は小蓑村として炭八〇石、正徳四年(一七一四)からは一石につき銀五匁五分の代銀納となる(小物成諸事覚)。貞享高辻帳では東小蓑村の朱印高一七三石余、西小蓑村の朱印高一六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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