小野寺丹元(読み)おのでら たんげん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小野寺丹元」の解説

小野寺丹元 おのでら-たんげん

1800-1876 江戸後期-明治時代の蘭方医
寛政12年生まれ。大槻平泉(おおつき-へいせん),シーボルトにまなび,かたわらオランダ語,ロシア語を習得。幕府蕃書調所教授手伝となる。のち仙台藩医,医学館学頭,府学蘭学局総裁をつとめた。明治9年1月9日死去。77歳。陸奥(むつ)磐井郡(岩手県)出身。名は将順。字(あざな)は匡卿。通称は別に主一郎,玄適。号は松洲。訳書に「済生一方」「新訳牛奄忽伊斯」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む