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小野春風 おのの はるかぜ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小野春風 おのの-はるかぜ

?-? 平安時代前期の武人,官吏。
元慶(がんぎょう)2年(878)出羽(でわ)でおきた俘囚(ふしゅう)の挙兵(元慶の乱)に際し鎮守府将軍となり,降伏させて名をあげた。のち左衛門権佐(ごんのすけ),検非違使(けびいし)などをへて寛平(かんぴょう)2年右近衛(うこんえの)少将,陸奥権守(むつのごんのかみ)に任じられ,昌泰(しょうたい)元年正五位下に昇進。「古今和歌集」に歌が2首おさめられている。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

小野春風

生年:生没年不詳
平安前期の官人。石雄の子。代々武門の家柄にふさわしく,「驍勇人に超える」といわれ,生涯の大半を武官として過ごしている。貞観13(871)年1月,対馬守に任じられ西海の防備に当たったが,甲冑の機能を補強するための「保侶衣」や軍糧携帯用の「革袋」を作ることを申請している。同12年3月にも,かつて父が陸奥の反乱を平定したときに着用していた羊革甲の下賜を願い出て許されている。のち免官されたが,元慶2(878)年出羽国秋田城で蝦夷の反乱(元慶の乱)が起こるや鎮守将軍に抜擢され,甲冑弓矢を捨ててひとり賊地に乗り込み,無血で蝦夷を服属させたという。これは幼いころから辺境で生活し「夷語」が話せたこと(『藤原保則伝』)によるものであろう。『古今和歌集』に歌を収める。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の小野春風の言及

【小野氏】より

…古代の豪族。和珥(わに)氏の同族。《古事記》の氏族系譜によれば孝昭天皇の皇子天押帯日子(あめのおしたらしひこ)命を始祖とする。天武朝の八色(やくさ)の姓で臣から朝臣となった。和珥氏同族の本拠である大和の添上郡(奈良市南東部)や,山城の愛宕郡小野郷(京都市左京区),宇治郡小野郷(京都市山科区)に勢力をもった。また近江の滋賀郡小野村(滋賀県志賀町)は氏の起こる所と伝え,氏神の小野神社があり,平安初期には同族の粟田氏,大春日氏,布瑠(ふる)氏も氏神として崇拝していた。…

※「小野春風」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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