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鎮守府将軍 チンジュフショウグン

世界大百科事典 第2版の解説

ちんじゅふしょうぐん【鎮守府将軍】

古代・中世の陸奥国におかれた軍政府たる鎮守府の長官。もともとは鎮守将軍といった。大化改新後の律令国家では,陸奥国の蝦夷を鎮圧するために派遣する将軍を,そのときどきに陸奥鎮東将軍,持節征夷将軍,征夷持節大使などといっていた。それが鎮守将軍の名に統一されるのは,729年(天平1)からで,そのときの鎮守将軍は大野東人。鎮守府(はじめは陸奥鎮所といった)の制度もこのころ整えられたのであろう。鎮守府は奈良時代には多賀城(宮城県多賀城市)の陸奥国府に併置されていたが,802年(延暦21)征夷大将軍坂上田村麻呂が造胆沢城使となって胆沢城(岩手県水沢市)を築き,そこに移した。

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大辞林 第三版の解説

ちんじゅふしょうぐん【鎮守府将軍】

鎮守府の長官。多くは陸奥守むつのかみの兼務。平安中期以降、武門の最高栄誉職とされた。鎌倉時代に廃止され、建武の中興の際に一時復活された。鎮東将軍。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鎮守府将軍
ちんじゅふしょうぐん

古代蝦夷(えぞ)経営の軍政府たる鎮守府の軍政長官。多く陸奥守(むつのかみ)が兼ねた。奈良・平安初期までの律令(りつりょう)時代には「鎮守将軍」と称し、「鎮守府将軍」とはいわなかった。府をつけてよぶのは平安中期以降で、平安後期になり名目化しても、もっとも権威ある武門の栄職とされた。源頼朝(よりとも)が征夷(せいい)大将軍に任命(1192)されてのち、この称は廃したが、鎌倉幕府の征夷大将軍は鎮守府将軍にかわるものと考えられたのである。[高橋富雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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