居宿村(読み)いしゆくむら

日本歴史地名大系 「居宿村」の解説

居宿村
いしゆくむら

[現在地名]味方村居宿

なかくち川左岸の自然堤防上の村落南方大倉おおくら新田に接し、北方板井いたい(現黒埼町)板井村対岸の松橋まつはし(現白根市)の枝郷。同村の飛地で荒蕪地であったのを、元和年間(一六一五―二四)門田もんた(現中之口村)の竹石次郎兵衛が開発し、一邑となし、寛永一八年(一六四一)以来新発田藩領となったという(味方村史略年表)正保国絵図・元禄郷帳・天保郷帳などに村名はみえないが、元禄一一年(一六九八)の榊原式部大夫殿領分四万石拾ケ組絵図面(霜鳥家文書)には新発田藩領分として記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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