屋庄(読み)あしやのしよう

日本歴史地名大系 「屋庄」の解説

屋庄
あしやのしよう

現芦屋市付近を中心とした庄園。葦屋あしや庄とも書く。「感身学正記」弘安八年(一二八五)七月二五日条・二六日条に、奈良西大寺叡尊が葦屋五郎左衛門尉重仲の家に宿泊し、庄民一三九人に菩薩戒を授けたことがみえる。領主など詳細は不明であるが、元亨元年(一三二一)五月四日の沙弥法一夫妻連署田地寄進状(勝尾寺文書)によると、地頭名田のうち三町が勝尾かつお(現大阪府箕面市)に寄進されており、地頭の存在が知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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