山垣城跡(読み)やまがいじようあと

日本歴史地名大系 「山垣城跡」の解説

山垣城跡
やまがいじようあと

[現在地名]青垣町山垣 城山

京都府福知山市との境界にあたる烏帽子(えぼし)山から南へ突き出た小尾根上の標高二三五メートル、比高八〇メートルに立地する城。武蔵国足立(あだち)郡出身の足立氏が承久の乱の戦功で佐治(さじ)庄を与えられ、以後周辺を足立氏が支配していたと伝える。暦応元年(一三三八)足立氏は南朝方に属し、高山寺(こうさんじ)城(現氷上町)に籠城した(「太平記」巻一九)。文和二年(一三五三)七月二七日中津川秀家が南朝方を追撃した際「足立又五郎入道城」を没落させている(文和三年八月日「中津川秀家軍忠状」遠山文書)。永禄五―七年(一五六二―六四)頃烏帽子山は内藤宗勝と丹波の領主との争いの場となっている(九月一九日「内藤宗勝書状」夜久文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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