山布施村(読み)やまぶせむら

日本歴史地名大系 「山布施村」の解説

山布施村
やまぶせむら

[現在地名]長野市篠ノ井山布施

現篠ノ井の西部。茶臼(ちやうす)山の西麓谷あいの村。北東は犀(さい)川に面する。村内を松代(まつしろ)からの有旅(うたび)道が通り水内(みのち)郡笹平(ささだいら)村(現長野市七二会(なにあい))へ至る。

中世は布施本(ふせほん)庄に属し、荘内小松原・岡田(おかだ)・有旅・入有旅(いりうたび)・安庭(やすにわ)・氷熊(ひぐま)・平林(ひらばやし)とともに八ヵ村の一つであった。天正六年(一五七八)の下諏訪春秋両宮御造宮帳に「大祝狩衣造営 香取・山布施之分」「大祝諸役造宮 黒布施分河中島内」とあり、これが山布施の初見である。天正二〇年七月七日の山布施郷百姓等契状(笹平共有)によると、この年笹平村との山境相論が和解した。

<資料は省略されています>

とある。

慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)に「五百弐拾八石八斗壱升 山布施村」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報