山彦文子(初代)(読み)やまびこ・ぶんし

朝日日本歴史人物事典 「山彦文子(初代)」の解説

山彦文子(初代)

生年生没年不詳
江戸後期の河東節三味線方。9代目十寸見河東の妻。天保7(1836)年ごろから安政5(1858)年ごろまで9代目河東と共に,おもに河東節の師匠として活躍し,山彦栄子など多く女性弟子を育てた。幕末明治期には,三味線音楽にも次第に女性の進出が目立つようになり,河東節もこれら女流演奏家の活躍によって,今日まで伝承されることになった。

(吉野雪子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山彦文子(初代)」の解説

山彦文子(初代) やまびこ-ぶんし

?-1858 江戸時代後期の浄瑠璃(じょうるり)三味線方。
河東(かとう)節。天保(てんぽう)7年ごろから安政5年にかけて,夫の十寸見(ますみ)可慶とともに活躍。山彦栄子(えいし)ら女性の弟子を育成した。安政5年8月6日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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