日本歴史地名大系 「山手公文北村」の解説
山手公文北村
やまてくもんきたむら
現旭町の北東端に位置し、村域中央に標高五六六・七メートルの
江戸時代初期までには里公文村(現久米町)と山手公文村とに分れていたと思われる。正保郷帳に山手公文村とあり、田方五七六石余・畑方四一二石余。寛文九年(一六六九)北村と南村に分村した(作陽誌)。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では北村・南村を合せた改出高一六四石余・開高四八石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報