山本幸彦(読み)ヤマモト ユキヒコ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「山本幸彦」の解説

山本 幸彦
ヤマモト ユキヒコ


肩書
衆院議員(政友会)

生年月日
天保15年11月(1844年)

出生地
土佐国高知城東南新町(高知県)

経歴
藩立洋学校で英語を学び、明治8年高知県に勤め、9年学務課長心得。10年公選の戸長。13年高知中学校長心得、14年高知師範校長、同女子師範、同中学校長兼任。その間板垣退助の立志社を経て、14年自由党結成後党幹部となる。20年上京、保安条例に触れて投獄され、22年大赦出獄。伊藤博文の立憲政友会結成準備委員長となり、31年以来高知県から衆院議員当選3回。

没年月日
大正2年5月23日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山本幸彦」の解説

山本幸彦 やまもと-ゆきひこ

1845*-1913 明治時代教育者,政治家
天保(てんぽう)15年11月27日生まれ。高知師範校長などをつとめ,自由民権運動にくわわる。立志社をへて自由党幹部となり,保安条例で投獄される。政友会設立準備委員長をつとめた。明治31年衆議院議員(当選3回)。大正2年5月23日死去。70歳。土佐(高知県)出身本姓西山

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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