20世紀日本人名事典 「山本政夫」の解説
山本 政夫
ヤマモト マサオ
大正・昭和期の部落融和運動家 全日本同和会常任理事。
- 生年
- 明治31(1898)年10月26日
- 没年
- 平成5(1993)年1月20日
- 出生地
- 広島県
- 別名
- 筆名=山本 正男
- 学歴〔年〕
- 立命館中学〔大正8年〕中退
- 経歴
- 被差別部落に生まれる。大正11年島嶼部の部落青年たちと島嶼連盟を結成、全国水平社との連帯を表明。のち広島県庁に入って生活改善運動に携わる。15年部落解放団体・同愛会の会長を務めていた有馬頼寧に誘われ上京、全国融和連盟に勤務。昭和3年同愛会が中央融和事業協会と合併すると同協会に勤務し、山本正男の筆名で執筆活動を行う。12年自由主義者として同協会を追われ、14年水平運動と融和運動を合体させようと大和会を結成。戦後、21年部落解放全国委員会結成に参加。35年全日本同和会を設立、常任理事として同和対策事業特別措置法の制定に尽力した。40年両目を失明したが、その後も運動を続けた。著書に「同和教育の基本問題」、自伝に「我が部落の歩み」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報